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note

ただのノート

雲の話

以下雲のお話です。

https://www.deltapath.com/wp-content/uploads/Internet-cloud-computer-connections.png

クラウドと聞いて、すぐ思い浮かぶのはonedriveとかGoogleドライブとかのクラウドストレージかと思うが、今そんなことも言ってられないくらい色々なやつがクラウド化してる。

例えば、去年使っててめちゃくちゃ感動したのがこれ

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2017年の1/4ダイジェスト

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多分大体こんな感じ。ほぼ直近1ヶ月の写真だけど・・・。

気づけばもう1/4は終わっているという・・・

 

mbpのGPUエラーか何かわからないけれど画面の点滅が止まりません助けて...

Egon SchieleとRachel's

あまりこういうのは良くないかもしれないが埋め込んでみる。

www.youtube.com

このグループは僕が生まれるより前にアメリカのケンタッキー州で結成された室内楽をやっていたグループで今は多分活動してない。前身グループは元々ハードコアをルーツとしていて、このグループでは一転クラシカルな音楽になっている。

 

別に特別クラシックを聴くわけでもないがたまたまこのグループを知って初めて聴いたのがこれだった。

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新型MacBook Proを買った話

先週くらいにやっと新しいMacBook Pro(15-inch Late 2016)を買った。

 

今までのはかの有名な最後の光学ドライブを搭載したmbp2012midモデルだった。

それがこれ

http://img1.kakaku.k-img.com/images/productimage/fullscale/K0000389688.jpg

分厚いし重い・・・。

 

購入半年後にコーラをぶちまけてマザーボードをやっちまい、奇跡的に修理したもののキーボードはベタベタでsataケーブルがちぎれたりなんだりで散々なことになっていたがなんとか四年持たせた。

 

ここから簡単にレビューしていく。

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タルコフスキーをみて

 たまたま昔書いた文を見つけたので載せてみる。去年の池袋でやっていた上映の直後に書いたようだ。あくまでそのまま載せただけなので・・・

 

may.23 6:51

タルコフスキーを観て


淡く、直接的だった。彼の描くそれはいわゆる物語性というものが排除されていて、ある意味洗練されていた。確かに外縁には物語はあるのだが、それは映画としての体系を保つことに限っていてそれそのものが主題ではなかった。本来それは映画としては危うい。しかし、彼は物語を描くことよりも意思を描くことに専念していたように思える。

中でもノスタルジアは衝撃的だった。内容はほぼかけらと言ってもいいほど無いに等しかった。しかし、その中には彼の何かしらの意思が感じられた。彼そのものを自己投影したかのように親近感があって、リアリティーがある。終末期の哀愁を描いた映画だった。その哀愁を求めて、しかしあの哀愁はもう2度と手に入らない。それでも求めて欲してしまった。彼に何があったのかはわからなかった。果たして哀愁感は満たされたのだろうか。最後のあの数分間にあったのはただの義務感だけだったのだろうか。あの数分間は圧巻だった。そしてラストシーン。彼は息途絶えていたのだろうか。最後の最後でそのノスタルジアの片鱗を感じ取れた。

重ねて言うがそれには物語性は一切なかった。無いことが重要だった。直接的にその意思を伝えることに限っていた。

映画は脳味噌で楽しむものばかりだ。しかしそれは果たして芸術と言えるのだろうか。芸術というのはある種の感覚でそれは美味しい食べ物を食べた時の感覚や素晴らしい情景を見た時の感覚。あの言いようも無い感覚。経験則に基づいたものでは無い感覚の気がする。形容するならニューロンを介すことなく感じている感覚だ。そんな根元的な本質的なものなのではないだろうか。ノスタルジアはそれだった。形容することは難しいが、その朧げで淡いイメージは感じ取ることができた。

言ってしまうと一見物語性は高尚なものに見えるが、僕にとっては稚拙で危うい。何故ならそれは経験則的に価値体系が出来上がっていて、基本的に未知なものに高い評価がつく。あるいは相対的に緻密で技巧的なもの、完成度が高いもの。しかしそれは根源的なものではない。後天的な要素では芸術は評価できない。もっとシンプルなはずなんだ。もっとシンプルに、シンプルな価値観を持たないといけない。そこには根源的でそして何より強烈な圧倒的な意思がある。

 

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        ノスタルジアにて (引用元:http://www.pan-dora.co.jp/?p=3700

 

 こんなところに行ってみたいなあ・・・

 

 

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肉を焼く修行

 よく家に友人を招いて何かを作って食べたりするのだが、そういう時に買いがちな食材なのが塊肉だ。いつもは適当に焼いて、うまいうまいと言って胃に流し込んでいるのだが、最近は謎の義務感が働いてちゃんと焼こうと思っていてちゃんと焼き始めた。

 

そう、ちゃんと焼くのと適当に焼くのとではまるで違うことに気づいてしまった。ちなみに使っている肉は300gで700円くらいのクソ安いアメリカンビーフ。

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まず、ちゃんと焼くというのは肉をいかに美味くなるように焼くかということで大切なポイントは多分こんなところだ。

 

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無気力

 

 ああ、また今日が来て無気力に1日を消費していく。最初の投稿がこんなことになるとは昨日はさっぱり思っていなかっただろうが、無気力はすべてを包み込んで離さない。

 

起きてからまず動画サイトでなんとなく動画を見はじめて、なんとなく飽きたから少しゲームをしたのだけれど、ゲームでさえ無気力感でやりきれずにすぐやめた。それから久しぶりにテレビでも見るかとテレビをつけて今に至る。そしてそのまま眠くなって寝るのだ。

 一つ言い訳を言うと、テレビは内容についてはとりあえず置いておくが、その性質は非常にタチが悪い。この無気力とすごく相性が良くて、動画サイトにしろゲームにしろそれらには多少の能動力が必要とされる。動画は自分で選ばなきゃならないしゲームは主人公を操作しなければならない。しかし、テレビはつければ勝手に流れる。そうやって無思考でそれらを消費していくことができる。

 

 僕の周りに取り巻いている事柄は大きく分けて(適当に)二つに分類できる。頭の片隅にこれとこれとこれをやらなければとタスクは常に潜在しているのだが、この自堕落な無気力がタスクから僕を引き離す。無気力は代わりに申し訳なさげに誘惑を置いていくのだけれど、そいつは潜在しているから結局誘惑でさえ自由に消費できなくて最終的に寝る。睡眠は当然無思考で完全受動制だ。完璧に全自動だ。脳内カロリー消費がない。無気力のニーズに応えられている。ああなんて良いシステムなんだろうか。